

「日本を今一度、洗濯いたし申し候」…土佐藩を脱藩した翌年、坂本龍馬が郷里の姉に向けて出した便りに、この言葉があるという。そのとき、龍馬は28歳。土佐訛りを意にも介さぬ田舎者の浪人にして、犬猿の仲であった薩摩・長州両藩の同盟を実現し、大政奉還への足がかりを築いた歴史の立役者は、実に20代で国を変える志に燃え、具体的な行動を起こしていた。
坂本龍馬は、幕末に活躍し、維新という大革命に携わった多くの人々の中でも突出した人気を誇っている。時代のヒーローとして、小説、映画、テレビ、舞台、コミックなどに今もさまざまに描かれ続けているのは、彼が藩の威光にも何にも頼らず、自らの知恵と行動力で時代を動かそうとした点が、人々の琴線に触れるからだろう。
常識にとらわれない龍馬の自由な発想とマイペースな行動は、政治の分野のみならず多彩な場面で発揮され、龍馬という人物の魅力を際だたせている。日本で最初に株式会社を創設したのも、日本で最初にハネムーンを実行したのも彼だった。また、写真に残されている紋付、袴にイギリス製のブーツという独特のスタイルも、自らのこだわりの表明とされる。
もっとも、日本を洗濯するほどの巨星も、自分の好きな衣装は決して洗濯しなかったようで、垢じみたよれよれの紋付袴もまた、彼一流のこだわりのひとつだったのだとか。ダンディもきわめれば奥深し、である。