

ダンディを語る時、ブランメルを無視することはできない。
紳士ファッションの最先端発信地が、フランスからイギリスへ移項した18~19世紀、その象徴的な存在が、ブランメルだった。タイの結び方ひとつ、シャツの衿の出し方ひとつにも妥協を許さぬ高い美意識とこだわりを持ち、毎日、2時間半を費やして服装を整え美装に執念を燃やしたブランメルは、たぐいまれな美貌の持ち主でもあったと伝えられる。
イートン校在学中には、たぐいまれな容姿とファッションセンスが皇太子の関心をひき、お気に入りの友として社交界にデビュー。オックスフォード大を卒業後は、平民出身でありながら近衛騎兵隊に入り、社交界の花形の名をほしいままにした。「白と黒」を基調とする紳士の礼服を考案したのも、トラウザーズ(ズボン)を流行させたのも、また現代に通じる正当ブリティッシュ・スーツの着こなし方を定義したのもブランメルといわれる。決して派手ではない、まさにダンディをきわめる彼のスタイルは紳士ファッション界の主流となり、ブランメルの名は英国のみならずヨーロッパ中の人々に記憶された。
転勤によりファッションの中心地であるロンドンを離れることを拒み、自ら近衛隊を除隊したり、服装が乱れることを嫌ってスポーツに冷ややかであったり、ブランメルにとってファッションは人生そのものだったようだ。皇太子との仲違いから王室の支援を断たれても、貴族が集まるサロンでの派手な賭博で財産を失っても、彼の賛美者は後を絶たず、ダンディぶりが輝きを失うことはなかった。しかし晩年は孤独で、62歳にして老衰による死を迎えた。